<特別寄稿>
たまプラフレンズ・松本茂(少年)
小田原電力バス見学会レポート

(レポートの前に)
9月12日(金)たまプラnetwork(たまプラフレンズ)では,次世代郊外まちづくりの関係者や地域の皆さんに呼びかけて,小田原電力見学会を行いました。
東日本大震災以来,全国で市民電力が立ち上がっていますが,たまプラーザでは次世代郊外まちづくり住民創発プロジェクトから,ついに9月26日「株式会社たまプラーザぶんぶん電力」が設立され動き始めました。
私たち,たまプラnetworkは,さまざまなまちづくりプロジェクトをつなぎ応援する住民主導型のネットワークをめざしていますが,今回の小田原電力見学会は,たまプラーザぶんぶん電力の支援企画ともいうべきものです。
小田原市では,東日本大震災による原発事故の後,特産の足柄茶から放射性物質が検出され,一時観光客が激減するなど,大きな痛手を受けました。そこで,かまぼこメーカーや魚市場など地元企業38社が出資して2012年12月「ほうとくエネルギー株式会社」を設立。
市の公共施設「屋根貸し」事業への応募をはじめ,大規模太陽光発電や小水力発電プロジェクトなど,市民と協働で再生可能エネルギーの導入を進めています。
http://www.houtoku-energy.com/

たまプラーザとは,立地も条件も違いますが,百聞は一見に如かず。大規模太陽光発電や学校の屋根貸しを一目見てみよう,小水力発電の話も聞いてみたい,と企画しました。
また,このバス見学会には昨年9月の第1回講評会での認定から始まった住民創発プロジェクトのこの一年の活動を慰労する,慰安旅行的な意味もこめられています。
見学ツアーの最後は,有名な鈴廣かまぼこで創エネ,省エネの工夫を見学した後,地元の食材を使った鈴廣の地産地消レストラン「えれんなごっそ」で懇親会というという計画です。

今回のレポート執筆は,たまプラフレンズ代表で,私の高校の後輩でもある松本茂さんにお願いしました。
当日は,朝バスに乗った時から,小学生のころの社会科見学を思い出したらしく,ハイテンションでニコニコしていたと思ったら,原稿もすっかり小学生になりきって書いてこられました。(小学生のくせにきれいな若い女性に目がいくところがあやしいですが。)
克明なレポートは,参加いただい森ノオトのレポーターさんにいずれ譲るとして,まずは松本さんの愉快な小学生絵日記的レポートをお読みください。(辺見)

スケジュール 
8:30 たまプラーザ出発
10:30 富水小学校 小田原市太陽光発電屋根貸し事業実施施設の見学
11:10 大規模太陽光発電所(メガソーラー)の見学
11:30 わんんぱくランドで昼食
11:50 大正時代の小水力発電所遺構の見学
12:20 小水力発電所遺構 沈砂池跡の見学
(13:05 荻窪用水の見学は時間の都合で中止)
13:30 鈴廣(太陽熱、地熱利用施設の見学)
14:00 小田原電力=ほうとくエネルギー㈱の事業開始までの経緯と今後の計画
質疑応答、説明。
15:00 懇親会(鈴廣えれんなごっそ)

■小学校屋上の太陽光発電システムにメガソーラーの話、昔の水力発電の話、
鈴廣かまぼこの省エネ・創エネの話、すごく勉強になったよ。
いっぱい歩いて、おいしいものをいっぱい食べて、ほんとに楽しい一日だったよ。
小田原写真①
9月19日小田原電力の見学会に行ってきたよ。総勢24人。最高の天気だったな!8:30出発だったけど、10分前には皆集合していました(1人を除いて・・・)。
千葉さん(交流の森)がなかなか来ないので、置いていっちゃおうかなと思っていたら、3分前に到着。東急電鉄の東浦さんと岡本さんは最初の見学地、富水(とみず)小学校で合流です。

定刻の8:30に出発しました。バスの中では、たまプラフレンズの辺見さんと僕が進行役で今日の流れを説明したよ。その後ひとりひとり自己紹介。堀内さん(シェア奥沢)の自己紹介は長かったなぁ。藤井さん(AOBA+ART)は短かった。
平塚パーキングエリアで休憩を取り(僕はお気に入りのバニラと抹茶のミックスソフトクリームを食べました。)予定通り小田原の富水小学校に到着!

お出迎えしてくれたのは、ほうとくエネルギー㈱副社長の志澤さんと富水小学校の穂坂校長先生。志澤さんは一日ずっと一緒だった。早速学校の屋上へと案内されました。屋上には太陽光パネルがたくさん並んでいたな。
なぜ富水小学校にパネルを設置したかというと、小学生の環境教育に役立てたいということと、災害時の避難場所なので電気が来なくなっても、補助電力として使用できるからだって校長先生が説明してくれたよ。他に2ヵ所で富水小学校と同じようにパネルを設置しているんだって。(小田原市太陽光発電屋根貸し事業)

次に行ったのは大規模太陽光発電所。メガソーラーって言うんだ。山道をどんどん登っていったよ。出迎えてくれたのは、地主さんの辻村さん。とっても優しそうなおじさんだったよ。山のずっと向こうまで約20万坪が辻村さんの土地なんだって。すごいな。
さっき学校で見たような太陽光パネルがたくさん並んでいたんだ。事業費は3億8600万円。そのうち1億円は市民の人たちから集めたんだ。10月8日から東京電力に電気を売るんだって。電力会社に電気を売るっておもしろいよね。
その後、辻村さん自慢の見晴らし場所に行きました。小田原の市街地と相模湾が見渡せました。とてもいい眺めでしたよ、辻村さん!
高圧線が邪魔だなとか、喋ってるおじさんたちもいたな。空気読んでよね。
そしてまたまた辻村さん自慢の樹齢300年の杉の木を見せてもらいました。

すぐ近くのわんぱくランドにバスを停めて昼食タ~イム!僕はコンビニでお弁当を買ってきたんだ。3時から鈴廣の食べ放題レストランで懇親会があって,そこでいっぱい食べるから,小さなお弁当にしたよ。

次に行ったのは小水力発電所の跡地(発電機跡)。大正時代に、辻村家の製材所で使う電気を作っていたんだって。ドイツ製の発電機があったんだけど、戦時中に盗まれてしまったんだ。残念だよね。
その後、上流の小水力発電所(沈砂池跡)に行って、記念写真をパチリ!
ここで辻村さんとはお別れ。ありがとうございました。

そして最終見学地,かまぼこの鈴廣さんへ。ここで出迎えてくれたのは、秘書課の小野山さん。とっても美人だったよ。大学を卒業してすぐに秘書課に配属されたんだって。電話番号までは教えてくれなかったな。
そうそう、何で鈴廣っていうか知ってる?明治20年頃、六代目鈴木廣吉さんが、蒲鉾製造を本業として、屋号を「鈴廣」にしたんだって。昔の社長さんの名前だったんだね。今の社長さんも、鈴木博晶さんていうんだ。ほうとくエネルギー㈱の役員さんでもあるんだよ。
鈴廣さんも省エネ・創エネに熱心な会社で、地熱や太陽光を使って、給湯や換気、発電に利用しているんだ。いろいろ見学した後で、レストラン「えれんなごっそ」の2階にあるレクチャー会場へ。ここで、志澤さんから今日のまとめのお話を聞きました。鈴廣の副社長さんもお話してくれたよ。みんな親切にしてくれて本当にいい一日でした。

この後はおまちかねの懇親会!
「えれんなごっそ」は小田原の方言で「いろいろなごちそう」という意味なんだって。お料理と飲み物、おいしかったなぁ・・・。

それにしても今日は、よく歩いたよ。きっとこればビールを美味しく飲むための・・・辺見さんの作戦・・・だったのかも。辺見さんはビールが大好きなんだ。みんなそう言ってたよ。

文/松本茂 写真/辺見真智子

’小田原③
富水小学校の太陽光発電システム
小田原市太陽光発電屋根貸し事業の設置事業者,ほうとくエネルギー(株)により設置されました。
小田原写真②
停電時に自立運転用コンセントから電気を取り出せる仕組み。
発電出力50.96kW 年間想定発電量51,290kWh
富水小学校以外にも2施設に設置されていて年間想定発電量の合計は124,012kWh
’’小田原③
’’’小田原③
ほうとくエネルギー(株)のメガソーラー
(所在地) 小田原市久野字亀甲山
(事業費) 3億8,600万円 資金調達の一部に市民出資を取り入れています。
(発電所概要) 建設面積 約1.8ha (5,445坪)
(設備容量) 984kW
(年間想定発電量) 948.182kWh (約260世帯分の年間電力消費量に相当)
(ほうとくエネルギー(株)見学資料より)
小田原③ー2
小田原④
小田原市久野の山林内にある大正時代に建設された小水力発電所の跡地。
発電機が設置されていた場所。
(所在地) 小田原市久野の山林内
(建設時期) 大正8~12年
(設備容量) 約117kW  (当時)
(用途) 製材所への給電,紡績工場への売電 (当時)
(ほうとくエネルギー(株)見学資料より)
小田原⑥
発電のための水を一時的に溜めておく沈砂池跡で記念撮影。
後列右端がほうとくエネルギー(株) 副社長の志澤昌彦さん。
右から4番目が土地所有者である辻村百樹さん。
小田原⑤
鈴廣かまぼこで太陽光発電システムや太陽熱利用給湯システム,地中熱利用換気システムを見学。鈴廣の鈴木悌介副社長は、「脱原発を目指す経済人」として知られる。自社の省エネ・創エネを進めるとともに、ほうとくエネルギー(株)に出資。

<特別寄稿> 
岡本正義さん(東急電鉄)
下町商店街の散策つき
TOKYO油田見学ツアー
レポート

IMG_0391
■たまプラ油田開発プロジェクトとは・・・
次世代郊外まちづくり・住民創発プロジェクトに認定された15企画のうちの一つ「たまプラ油田開発プロジェクト」(以下,たまプラ油田)。
このプロジェクトは、たまプラーザ地域の家庭や飲食店等で排出された廃食油を回収し,クリーンなバイオ燃料にリサイクルすると同時に発電機の燃料として利用して,その売電収入などでコミュニティバスの運行を目指す企画です。
横浜市と東急電鉄が進めている次世代郊外まちづくりは,2014年度のリーディング・プロジェクトとして「地域のエネルギーマネジメントに向けた仕組みづくり」を推進しており,たまプラ油田の今後の展開に向けても連携・協力を考えています。

たまプラ油田の廃食油リサイクルを担当するのは、墨田区にある株式会社ユーズ(TOKYO油田)という会社です。今回東急電鉄から、たまプラ油田の代表・村田ちさとさんにユーズの工場見学をお願いしたところ、下町の商店街の散策を含めた「TOKYO油田見学ツアー」が企画されました。そこで「たまプラnetwork」の辺見さんにご協力いただき,住民創発プロジェクト参加者の皆さまにもお声掛けをしました。
5月22日の見学ツアー当日は,地域の皆さまと横浜市・東急電鉄合わせて約20名が参加。ユーズの代表・染谷ゆみさんと村田さんに,工場と下町の商店街をご案内いただきました。

世界で初めて廃食油のバイオディーゼル燃料化に成功したリサイクル工場の見学レポートは以下のとおりです。

IMG_0393OLYMPUS DIGITAL CAMERA
■環境にやさしい電気バスで押上駅を出発!
参加者は押上駅で集合です。ガイド役で颯爽と登場の染谷さん。移動には墨田区内循環バスを利用しました。環境に配慮した小型電気バスのその静かな乗心地と外観がとても印象に残りました。

OLYMPUS DIGITAL CAMERAOLYMPUS DIGITAL CAMERAOLYMPUS DIGITAL CAMERAOLYMPUS DIGITAL CAMERA
■下町人情を大切にする,キラキラ橘商店街を散策
循環バスを降りて最初に見学したのは,キラキラ橘商店街。京成曳舟駅から徒歩5分,昭和の風情があふれ,下町人情を大切にしている商店街です。
街路灯をよく見ると,いろいろな種類の風景画がフラッグで飾られています。これは,葛飾北斎の浮世絵「富嶽三十六景」。45基の街路灯の一つ一つに,詳しい説明書きも付けられていました。

imageOLYMPUS DIGITAL CAMERA
■江戸菓子「砂糖漬」の製法技術を伝える梅鉢屋
次に見学したのは,江戸の技「砂糖漬」を守り続ける唯一の菓舗,梅鉢屋。砂糖漬とは,新鮮な野菜・果物をそのままお菓子に仕立てた野菜菓子のこと。この日はご主人のご厚意により,砂糖漬やお店の歴史,そして実際の厨房で製法・技術について教えていただきました。
砂糖漬けは,江戸時代に農産物・海産物の長期保存を目的として糖蜜で加工したことが発祥と言われていて,漬け物などの「塩漬」に対し「砂糖漬」と呼ばれ出回っていたとのこと。現在では梅鉢屋が,江戸時代からの砂糖漬・野菜菓子の技法を忠実に伝える唯一の菓舗だそうです。

OLYMPUS DIGITAL CAMERAOLYMPUS DIGITAL CAMERA
■油田モール見学。TOKYO油田2017とは?
次に,株式会社ユーズが運営する「油田モール」を見学。油田モールとは,「環境にやさしい21世紀のまちづくり」をテーマに,株式会社ユーズの本社内にオープンさせたマルチ・テナント型のコミュニティスペース。ここで,染谷さんから「TOKYO油田2017」について詳しくご説明いただきました。

「TOKYO油田2017」は,首都圏の家庭や飲食店等で使い終わった廃食油を回収し,二酸化炭素を増やさないバイオディーゼル燃料などに再資源化することで,資源循環型社会をみんなでつくる新時代のリサイクルプロジェクトです。

天ぷら油を日本で一番使うのが東京とのこと。染谷さんは,2017年までに東京で使われたすべての廃食油の再資源化を目標に掲げ,プロジェクト名称を「TOKYO油田2017」としたそうです。

DSC00496DSC00497OLYMPUS DIGITAL CAMERAOLYMPUS DIGITAL CAMERA
■廃食油をバイオ燃料に精製する工場へ
そしていよいよ,世界で初めて廃食油のディーゼル燃料化に成功した工場の見学です。工場内に入るとさっそく,廃食油をディーゼル燃料,VDF(ベジタブル・ディーゼル・フューエル)に精製する生産プラントが目に入りました。想像よりもコンパクトなサイズに参加者もびっくり。2畳ほどのスペースしかとらないこのVDF生産ミニプラントは販売もしているそうです。
なお,家庭で出たサラダオイル・ごま油・オリーブオイルなどの植物油,ラードなどの動物性油など,食用の油はすべてリサイクル処理ができるとのこと。

VDFは廃食油の再利用(リサイクル)というだけでなく,硫黄酸化物を出さず・黒煙が軽油の1/3以下と地球にやさしいクリーンなエネルギー。TOKYO油田の回収トラックはすべて,ここで精製したVDF燃料で動いているそうです。
資源の循環と生活環境への貢献を実現する独自の技術と染谷さんの熱い思いが,この工場には詰まっていました。

たまプラーザでも,現在数ヵ所で使用済み食用油の回収を行っています。たまプラーザで集まった油も,この工場で精製されて再資源化されることになります。
ツアーに同行して工場と周辺地域を案内してくださった染谷さんに大変感謝するとともに,この日は,たまプラ油田の成功による資源循環型コミュニティの実現に参加者全員が想いを馳せる一日となりました。

(写真/野渕幹生・岡本正義  文/岡本正義)

まちづくりWho’s who vol.5
小泉秀樹先生(東大大学院教授)
たまプラの特殊性は何か?

小泉先生

小泉秀樹先生ロングインタビューもくじ
■「出口」を考えるとき
■「3丁目カフェ」がうまく回るとしたら・・・
■たまプラなら,住民主導でコラボレーションが生まれるのではないか
■これから行政の役割は後方支援型に変わる
■なぜ研究者がかかわるのか
■自治会や商店街と,信頼にもとづいた本当の協働関係が築けるか
■高3の時,理系なのに倫理が大好きになって・・・
■都市計画との出合い
■動物が大好き。ワニから猿まで飼っていました

■「出口」を考えるとき

全体的な評価を言うと,このプロジェクトで皆さんがやられている活動というのは,すごく成果が出ていると思っています。短期間の中でかなり具体的な成果が出ていると思います。
成果っていうのは何か結果が出ていることだけではなくて,いろいろトライされているとか,具体的なアクションに踏み出せている団体がほとんどなので,そういう意味で成果が上がっているというふうに評価しているんですよね。

支援という面で言うと,一つは日常的に皆さんが結びついたり,ちょっとした悩み事を相談し合うような居場所があればいいなって思っているんですね。インフォーマルなコミュニケーションの中でこそ,ほんとのコラボレーションのタネが生まれてくるものなので。
そういう意味で,みんながふらっと立ち寄って誰かに会えるような場所が必要だと最初から思っていました。そういうのがあると活動に苦しんでいる団体さんが,少し具体的なアクションを,じゃあこの人たちとやってみようかっていうようなことが始まったり,それからこことここが実はあまり接点がなかったかもしれないけど,一緒にやると面白い効果が出るようなことが生まれてきたり,そういうことが生まれやすくなるような環境ができるのになと思っているんです。

ただ全体としてみると,実際には団体間の結びつきが相当強くなっているし,それから相互に支援するような,他の団体の人が助けて参加したり盛り上げたり,というようなことがよく起きていて,そういう意味でも非常にうまくいっている,という評価なんです。

もう一つは「出口」のところをどうするのか,ということを考えなくてはいけない。
9月で一応支援の期間というものが制度上は終わります。もちろんそのあともさまざまな形で継続的に我々もサポートすることになっているんですが,それにしても一応そこで団体さんとしてもひと区切りで,そのあとの活動をどう自分たちで展開していくのか,方向性を見出さないといけないんですね。
9月までに,今後,今までの支援とは違うかたちの支援の中で,皆さんが自立的にどうプロジェクトを展開できるのかということを見据えたり,そのためにはどういうリソースや最低限の支援が必要なのか,我々に代わる行政との協働や企業とのコーディネーションをどう作れるのか,という「出口」のところを考えなければいけない,ということです。

皆さんが今何をめざしていて,どこまで到達しようとしているのか,そのために何がほんとに足りないのか,どういうところで困っているのか,というところは,もし機会があればインフォーマルな場で,少し細かく話をお聞きしたいなと思っています。
トップに戻る

DSC01162

■「3丁目カフェ」がうまく回るとしたら・・・

イベントをやって参加費を取って,それで,あとは自分たちがボランタリーにかかわれば動くようなものっていうのは、もちろんそれもある種の市民事業で難しい点もいろいろあるんですが,事業的なスキームとしては分かり易いですし,そんなにリスクもないし,人を専従で雇うということでもなければ,なんとかやっていけると思うんです。
でも,人を雇用するかたちで展開するとなると,途端に難易度が上がるんですね。そこは,ある種のビジネスモデルをその団体さんなりに模索しなければならないですよね。
例えば,3丁目カフェさんなんかは,もうほんとに実践的にやられようとしていて,(代表の)大野承さんの頭の中にも,ある種のビジネスモデルがあるわけですよ。
我々の言い方でいうと,フォープロフィットという利益追求型のプロジェクトと,ノンプロフィット型のまさにみんなのためにっていう公共的な利用ということがあるんですが,あれはフォープロフィットのほうでノンプロフィットを支えようというモデルで,それを同じ場所について時間で区切ろうというような戦略ですね。
それはすごくいい戦略だなと思っていて,逆に言うとそれがうまく回るとしたら,フォープロフィットのところにちゃんと人が入って,お金がそこで回るのかどうか,ですよね。
ノンプロフィットのほうは,大野さんがどこまで頑張れるか,大野さんのまわりの人たちが,どこまで楽しんで一緒にやれるか,というところ。

どのプロジェクトでも,いろいろ配慮したり,事業的になるほど,さまざまな問題を考えなければいけないですが,やっぱり楽しむってことが一番なんだと思うんですね。そういう気持ちを忘れないように,ということと,今皆さんがさかんにやってくださっている,お互いに支え合い助け合うことをもう一つキーワードにして,やっていただくといいのかなと思いますね。
トップに戻る

DSC01149

■たまプラなら,住民主導でコラボレーションが生まれるのではないか

元々,こういう方式にしようと持ちかけたのは,私なんですよね。たまプラ大学などで「連続学習」をやる中で,市民の方がいろいろなアイデアを持って出てきた時に,アウトプットとしては,プロジェクトを志向したようなアウトプットにしよう。
で,そこから,次のステップとして具体的に市民の方たちにプロジェクトをやっていってもらって,企業とのマッチングを含めたそのプロジェクトを支えるためのある種の仕組みを作って,出口として用意しておこう。
実際にプロジェクトをやる中で,次のステージに進んで行ってもらえるようにしよう,というふうに考えていました。
そして,今回のように,計画・ビジョンづくりから進んでいって、皆で課題や方向性を共有する。その上で,そうした共有理解にたって個々のプロジェクトができて,そしてそれを支援していく仕組みが用意され,プロジェクト自体が,地域の課題解決のため動いていく。そうした一連の流れをつくり上げるやり方を,僕らは協働型まちづくりのアプローチ(Collaborative Community Design Approach)と呼んでいるんです。これは,最近流行のCSV(Creating Shared Value) という考え方と近いものでもありますね。

もう一つすごく特徴的なのは,例えば,横浜市ということであれば,横浜市全体でそういうことをやるのが普通。だけど,たまプラーザという,ある特別な地区で,地区の中でのコラボレーションを生み出すようなやり方っていうのは,多分これが初めてかもしれません。今まで日本になかったことじゃないですかね。
たまプラっていうのは,相対的にみればやっぱり地域力、市民力が高いところだし,元々の自治会活動もしっかりしていたし、市民活動もある程度あった。そして,やってみたら,新しい人も入ってきたし,地域で頑張っていた人たちもワーッと出てきたし,外から入ってきた人もいた。
これは,地区内の住民の人たちが出てきて,また外からの人も入って,その中でいろんなコラボレーションが生まれる,そういうスキームです。そうすると,時間とともにだんだん新しい地域社会に変化していく。こういうことは,これまで横浜市全体の中でやるのはあったんだけど,小さな地区の中でやるのは初めての試みだったんですよ。

なぜそういうことが,今までやられていなかったか,というと,やっぱりたまプラーザぐらいの範囲の中でやった場合,それほどたくさんの住民・市民の方がアクティブに動いて,いろいろ相互に協力し合いながらさまざまなプロジェクトをやるっていうことは,普通あまり想定できないんですよね。
だから,やっぱり市とか,区の中でいろんな団体がいて,その団体さんの交流を進めていって,いろいろなコラボレーションを生み出したり,新しい団体を発見していくとか,キーパーソンを発見していくってことを多分志向するんですが,今回は,たまプラーザなら,もしかして地区の中でそういうことができるんじゃないか,というのが我々が取り組んだ一つの仮説ですよね。
(次世代郊外まちづくりの住民創発プロジェクトは)たまプラーザだから,ある意味できているところがあるんじゃないかと思っていて,他のところでは,同じやり方ができるところもあるだろうけれど,基本的にはその地域の特性にあったやり方そのものをデザインすることが,必要だと思います。
たまプラーザの最終的な姿は,やっぱり住民の皆さんが自分たちで,コミュニティビジネスやイベント的なものも含めて,地域運営する新しい住民主導型あるいは,住民と企業の協働型のモデル地区なのかな,と僕は位置づけています。
トップに戻る

■これから行政の役割は後方支援型に変わる

例えば,他のところだと,もう少し行政がテコ入れをしてあげて,少し持続的にかかわらないと難しいようなところもあると思います。それはもっと行政と住民の協働型だとか,もしくは行政主導型だとか,もしくは企業主導型だとかになっていくと思うんです。
たまプラーザは,住民主導型で,場合によったら住民・市民と企業主導型かもしれないですね。で,行政は後方支援する,というようなスタイルで,どこまでいけるのか,っていうチャレンジなんだと思います。
今までの行政というのは,直接的な事業をするのが行政の役割だったわけですね。例えば,道路を作るとか,公園を整備するとか。また,計画を作るのでも行政が自分で計画を作る,というのが,今までの行政の役割だったんですが,これからは後方支援型に変わる。というのは,これからは政府と住民と企業が三者協力し合いながら,地域社会を統治していくという協働型の社会モデルに変わるということなんです。

政府セクターだけではなくて企業や市民が連携し合う。それぞれの連携があり,三者の連携があって,その時の政府の役割というのは,直接的に事業をやるという役割もあるんだけれども,例えば市民と企業のマッチングを行政が支援するとか,それから,市民がやりたいことをやれるような環境を整えてあげる,というようなことだったりするんです。我々はそれをいわゆる「直接事業型から支援事業型への転換」と言ったりします。
要は,地域の本当のニーズにマッチしたことをやるには,理想的に言えば,その地域の住民の方や企業,商店街の方が地域を維持する事業を推進していて,それに必要な最低限の支援を行政がするということ。このほうが,むしろ地域の人たちにとって望ましいサービスができる可能性が高いということなんです。
でも,それはやっぱり現地でそれだけのことを回せるだけの,さまざまな人的なリソースとか,空間的な環境,またそれ以外の社会的なリソースもあるかもしれないですが,そういうものが整わないとなかなかできないんですね。

たまプラーザは比較的それらが整っている地域で,最初からそれがめざせる地域じゃないか。他の地域はもう少し耕していって,5年10年かけて耕して,うまく耕せたら,そういうステージに入れるかもしれない。でも,耕すまでは,行政が主導しながら引っ張る。あるところでは,企業が引っ張ることが必要かもしれないですよね。
そういう意味で,たまプラーザは,我々の取り組みの中では,非常に先進的なモデルに比較的挑戦できるんじゃないか,という位置づけで,かかわらせていただいています。
トップに戻る

DSC01154

■なぜ研究者がかかわるのか

横浜市さんはそれなりの立場があるし,東急電鉄さんも地元だからかかわるのは当たり前なんだけれども,じゃあ研究者の我々がなんでかかわるんですか? ということがあるんですね。
それは「実践研究」と言うんですが,実践研究というのは,ある事例を作り上げる。これはすごく一方的な言い方ですけれどね。でも,研究者の立場からすると,支援をしていって,いい事例を作りたいってことがあって。そして,そのいい事例がどう作られるのか,というプロセス自体が一つの研究的な価値があるんですよね。
それで,それがうまくいったとしますよね。うまくいった時に「なぜうまくいったんだろう」ということの原因だとか,それを支えている特殊な条件というのがある。もちろん一般的な条件もあるんだけれども,我々が注目しているのはむしろ特殊な条件で,たまプラのこういう特殊性があったからこそ,これはうまくいったんだね,というところがうまく発見できるかどうかなんですよね。
そうすると,もしその特殊性を保持しているような他の地域があれば,そこでも成り立つかもしれない,というふうにも考えられるので,研究的には,いかに特殊なのか,ということが描きたいと考えています。

例えば,ワークショップをやった時に,ここの地区ですごく面白かったのは,参加者の属性が男女の比率をみても,年齢をみても,すごくバランスがいいんですよ。
あそこまで,バランスがいい参加者がそろう地区って,そうそうないんですよ。
普通やるとだいたい,ちょっと言い方が悪いですが,高齢者の男性に偏っちゃう地域があるとか,逆に中高年の女性だけに偏る地域で男性は出てこないとか。
例えば,被災地に行ったりすると,みんなでお茶を飲みながら,「お茶っこ」って言うんですが,みんなでお茶を飲みながら話しましょうよって言うと,女性がわーっと出てくるんですよ。で,男性は被災地だとむしろ,オレはそんなところに行かないって言って,頑なで,出てこないんです。それは,それでバランスがよくないわけですよね。
首都圏でやると,どちらかと言うと,リタイアされた,もしくはリタイア近い男性の方が,少し地域の中で何かもう一度やりたいって方が多くて,男女の比率が8:2とか9:1ぐらいになってしまうことが多いですよね。
もちろんテーマによりますが,「まちづくり」ということで,広く子育ても高齢者の問題も地区の環境改善も全部やりますよ,って言ってしまうとだいたい出てくるのは男性が多かったりするんですよね。
でも,たまプラは非常にバランスがよくて,それはある種のまちに対する関心とか期待とか,もしくは若い人でも比較的参加できるような環境を整えている,っていうんですかね。例えば,そういうことが地区の特性としてあるのかもしれないな,と思っています。そういう意味では,スタート時点から,ある意味他の地区とは違うわけですよね。

もちろんワークショップに参加してくださる方を募るのに,東急電鉄さんや石塚計画デザイン事務所の方にお願いをして,地域のコーディネーター的な役割の方にインタビューしていって,こういうのがあるから参加してくださいねって言って参加してもらったり,知り合いの方を紹介してもらったりもしているんですが,多分それだけでは説明できないわけです,いろんな人が出てきていて。
それは,たまプラという地区の特性と,あとは時代的な特性もあったかもしれない。3.11のあとで地域への関心が非常に高まっていたとか,皆さん自身がこれからの地域に対してやりたいことを考えやすい環境があったとか,いろいろあるかもしれないですね。
そういうある種の特殊性みたいなことを,少し気にしながら,こちらとしてはサポートして,研究としても整理をしていきたいなと思っているんですけどね。
トップに戻る

DSC01150

■自治会や商店街と,信頼にもとづいた本当の協働関係が築けるか

このプロジェクトのユニークな点は,先ほど言ったように地区でやっているでしょう? ふつうは全市でやっているわけです。そこで出てくるのはテーマ型コミュニティって一般的に言われる団体なんですよ。ここは基本的にたまプラーザとか美しが丘という限られた区域の中に,テーマ型のコミュニティがたくさんできているっていう状態なんです。
それで,そういう状態までつくりあげることができているってことが,多分すごく珍しいんですよ。
そういうテーマ型コミュニティがたくさん出てきていて,しかもすごく良好な関係になっているんですね。お互い助け合って。新しい社会的なつながりというのが,地域の中にどんどんできてきて,ふくらんでいるんですね。

一方,元々あった自治会さんや商店街さんという地縁型の組織が地域の中で果たしている役割が依然として大きいものでもあるわけですよね。
これから,少し考えなければいけないのが,そういう地縁型の組織の皆さんと、いかによい関係を築いて,地縁型、テーマ型を包含した住民の皆さんの新しい自治の体制とか関係づくりって言うんですかねえ。どういうふうにできるのかっていうのが,すごく大きなチャレンジだと思います。
普通はね,あるNPOさんが1個出てきて,そこと自治会さんがうまく手を組んで,自治会がやっていたこの仕事はもうそのNPOさんにお願いしようとか,そのNPOさんから自治会に若い人が役員として入ったりして自治会が活性化する例はすでに結構あるんですよ。
だけど,これだけ,いろんなテーマ型の団体が出てきていて,それをうまく自治会や商店街と結びつけながら,新しい地域社会のあり方をつくり上げるっていうのは・・・それが我々,横浜市さんや東急電鉄さんが考えている最終的な目標なんですけれど,どう着地すべきか,やりがいのあるチャレンジだと思っているんです。

組織対組織のおつきあいということもあるんですが,一番大事なのは,プロジェクトを推進されている中心メンバーの人たちが,どれだけ自治会や商店街の方と本当の意味で信頼し合って一緒にやれるかっていうことなんです。それが問われているんですね。
横浜市さんや東急電鉄さんがあいさつにうかがっておくっていうのはもちろん必要なんですよ。でも,それだけで,めざしているような本当の意味での協働関係ができるかって言ったらそうはならないので。
トップに戻る

DSC01159

■高3の時,理系なのに倫理が大好きになって・・・

僕は高校3年ぐらいまでは,ほんとにガチガチの理系だったんですよ。物理とか数学が好きだったんです。逆に言うと物理と数学以外あんまりできなかったんですね(笑)
それに,ちょっと,当時の共通一次テスト(現在のセンター試験)をしくじっちゃって,選択した科目と違う科目で受験しちゃったんですよ。おっちょこちょいなんで。それで浪人しちゃったんだけれども。
その共通一次を勉強するときに,当時は理系でも社会科で2科目取らなきゃいけなくて,1教科を倫理という科目を取ったんです。点が取りやすいってことで(笑)
で,倫理を改めて勉強し始めたら,すごい面白かったんですね。倫理には社会思想だとか,哲学だとか,さまざまなことが入っているんですよ。それを読んだら,大好きになっちゃって。浪人したら今度はそういう本ばかり読み始めて,全然勉強しなくなって,むしろ成績が落ちちゃったぐらいなんだけど(笑)
でも,その時に理系の中で一番社会的な問題に近いところって何なんだろうって考えて・・・今考えたらどの領域でも接点があったんだけれど,当時はなかなかわからなくて。
それで,建築っていうのは人が暮らしたりするものだから,社会との接点が一番あるものじゃないかと思って,その当時の僕の理解の中では一番人間寄りだったんですね。つまり,数学的なものから少し現実の社会に近づいた領域のほうにシフトしよう,ということで,建築学科を選んだんですよ。
で,建築に入ってみたら,・・・そうは言っても物理的な空間をつくるのが主なテーマなので,思っていた以上に技術寄りなんですよ。やっぱりね,教育としては。
トップに戻る

■都市計画との出合い

こういうのだとやっぱり人間の暮らしや社会というようなものになかなか接点が見えてこないな,と思っていたら,恩師の一人なんですけど,日笠端(ひがさただし)先生の「都市計画」と「住宅地計画」という講義と演習があって,それがすごく面白かったんです。
これは人間や地域社会に直接かかわれるような,一番自分の関心に近い領域だなと思って,広い意味で言うと都市計画と言うんですが,都市計画の世界に飛び込んだんですよ。
日笠先生は都市計画学会の会長をされていた先生なんです。その日笠先生が一番力を入れておられたのが,コミュニティ・プランニングとか,コミュニティ・デザインの領域。日本でこれを本格的に研究したり,実践されていた初めての先生だったんです。
地域で人が暮らすということにどうアプローチできるのか――大学の3年生ぐらいですかね。それで,目がパッとひらけて,そういう関係の会社でバイトをしたり,そういう業界について勉強し始めたんですね。
で,大学院でも専門的に勉強しようということで,都市計画が専門に勉強できる都市工学に来て,日笠先生の系統の研究室に入りました。もう日笠先生は退官されていて,直接ついたのは川上秀光先生でしたけど,そこにまた森村直美先生という先生がおられて,その森村先生が日笠先生と親しく,いろいろコミュニティレベルのことを研究されていて『コミュニティ・デザイン』という図書を日本で初めて出された方なんです。日笠先生は「コミュニティ計画」という言葉を使われたり,「コミュニティ設計」って時々書かれていましたが,コミュニティ・デザインという本は出されていなかったんですよね。

森村先生がやられていたのは,すでにできあがっているところで,どうやって住民が地域を自分たちで管理運営するんですか,ということとか,そのために必要な財源とか,ちょっとした空間としてこういうものがあるといいねとか。それから公園なんかも,勝手に作るんじゃなくて,地域の住民たちが自分たちで何がいいのか考えながら作ったほうがいいね,とか・・・。こういうようなことを70年代の後半にまとめられていました。
そして、僕らが研究室に入った80年代の後半の頃には,もう大学院の先輩が世田谷区の太子堂というところで,まちづくりやコミュニティ・デザインの実践をしていました。
僕は直接そのプロジェクトにかかわっていなかったですけど,先輩に連れられて,そういう現場に行ったりしました。最初はね,こういうことにどういう意味があるのかなって思ったりしていたんですが,だんだんその重要性っていうのがわかってきた。
日笠先生と出会ったことから始まって,そこからは自分の志向にかなった,都市計画という領域にどんどん惹かれていったということがあると思いますね。
トップに戻る

DSC01156

■動物が大好き。ワニから猿まで飼っていました

高校の頃,一番聴いたのはビートルズですね。友達の影響もあっていろいろな洋楽,ブリティッシュ系の洋楽が多かったけれども,レッドツェッペリンとかローリングストーンズなんかも聴いていました。自分でもギターを弾いたり。
でも,一番やっていたのは,部活ですよね。陸上をやってたんですけど。中距離・長距離です。それを一番一生懸命やっていましたね。中学の時は野球部だったんですが,部がつぶれちゃったようなかたちでやめて,次はサッカーか陸上と思っていたんですよ。一番仲のいい友達が陸上やってたんで。サッカーも仲のいい友達がいっぱいいたんだけど,じゃあ,まあ陸上やるかなって(笑) サッカー部の連中とも仲良かったので,サッカーもよくやって遊んでいましたけどね。
中学の時はフォークギターで,みんなでギター部を作ろうって言って,わざわざギターの先生を連れてきてもらって。かぐや姫とか南こうせつさんとか,そのうちだんだんオフコースとか。そういうのをやり始めたり聴いたりして。甲斐バンドとかね。
大学ではロックバンドをやっていた時期があって,ベースをやったりしていました。ポール・マッカートニーがすごい好きだったので。

今楽しいのは,サッカーですよね。自分では最近できなくなったけど,子どもに教えたり。子どもとサッカーをやれれば楽しいんだけど,もうやってくれないので,子どものサッカーを観戦したり,あとはプロのサッカーを見たりとか,ですよね。
それから学生とフットサルをやったりとか。最近学生がまたフットサルの企画を作ってくれて,少し盛り上がっているんですけどね(笑)

子どもは3人。上二人が男の子で一番下が女の子で。この間高校受験だったのが一番下の子で。
だから去年は家庭的にはなかなか大変でした(笑)  復興支援などもあったので。一番上が大学2年生,真ん中の子が高校3年生で,来年また受験なんです。
今家がマンションなんでペットは飼えないんですが,元々犬がすごく好きで・・・。
僕は動物が大好きです。小さい時から父親がいろいろ飼ってくれて。ほんとにいろいろ,ワニから猿まで。ワニっていってもこんな小さなのですけど。(出身地の)練馬区は農地が多くて,昔は田舎だったんですね(笑)

小泉秀樹(こいずみ ひでき)さん/1964年生まれ うお座
東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻教授 博士(工学)
東京都練馬区出身 
ポール・マッカートニー,サッカー,動物大好き

(写真/立山徹 構成/辺見真智子)
トップに戻る

<特別寄稿>
たまプラのIT隊長、千葉恭弘さん
桜の街の「マッピングパーティ」

1マッピング

ネット上で独自の地図を作ろう。
マッピングパーティってご存知ですか?
多分ほとんどの方が知らないと思います。
最近インターネット上で様々な地図サービスが利用できるようになり、自分たち独自の地図を作成しようという動きが地域活動をしている団体でちょっとしたトレンドになっています。身近なところでは地図上に美味しいお店の情報を載せたり、エコ活動や防災活動などを進めている団体では情報の種類別に地図に関連付けて情報を「見える化」しています。
我がたまプラ次世代郊外まちづくり住民創発プロジェクトでもこの新しい表現手段を活動の中に取り込もうと、たまプラーザの街で街路樹マッピングパーティーを企画しました。(交流の森・たまプラnetwork共催)
時期的には桜満開のたまプラーザ桜まつりに合わせて、街歩きとお祭りを楽しみ、同時にマップ登録までやってしまおうという欲張りな企画です。終了後の交流会も目玉の一つです。ウォッチする対象はもちろん桜とユリノキ、とくにたまプラの貴重な資源である桜をこの際、徹底的に調べて記録します。
当日はマップの専門家オープンストリートマップ・ファウンデーション・ジャパン(OSM) の飯田哲氏、シビックテクノロジーの専門家コードフォジャパン(CfJ)の関治之氏、植生の専門家 住友林業の伊藤俊哉氏など、錚々たる方々がサポートにまわります。CfJのメンバーも10名を超える方々がボランティアで参加です。

■桜まつり会場・次世代郊外まちづくりのブース前に集合。
マッピング24月5日イベント当日、雨模様の天気が気になります。10時に実行委員は桜まつりの会場である美しが丘公園に集合。街歩きに必要な地図、グループ登録シート、会場表示サイン、地図登録のマニュアルなど実行委員の大野承さんが完璧に準備してスタンバイ。時折り雨が強く降り、季節外れの寒さに満開の桜も震えているようです。開始予定の11時になると三々五々参加メンバーが集合して来ました。

■世界中で活用されるオープンストリートマップ
スマホを使って地図登録するグループは「デジタル班」、手書きメモ派は「アナログ班」として分け、各班内に4~5名でグループを構成します。各グループには街歩きのコースが割り当てられます。今回のウォッチのポイントは樹木の位置情報、幹の太さ、木の高さや植生の健康状態などを観測します。各樹木にはすでに管理番号(青葉土木事務所)が振られているので、この番号との紐つけもします。
CfJのメンバーをリーダーにして各グループに別れ、マップ記録の手順をレクチャーしてもらった後、グループ単位での行動に移行しました。まずランチをみんなでとる班、スマホやノートを片手に早速街に繰り出す班、子供ごころに帰って遠足の時のようにウキウキしています。
私はデジタル班のBグループに入りました。ここでデジタル班の登録ツールとして使った「オープンストリートマップ」とは何かをOSM JapanのWebサイトから引用すると、「 OpenStreetMap(OSM)は、道路地図などの地理情報データを誰でも利用できるよう、フリーの地理情報データを作成することを目的としたプロジェクトです。誰でも自由に参加して、誰でも自由に編集でき、誰でも自由に利用する事が出来ます。」
Web上にはその他にもマップ機能を提供する幾つかのサービスがあります。代表的なものはGoogle Mapでしょう。これらのマップ機能はライセンス条項が結構きびしく、印刷物に自由に掲載することなどは制限されています。それに対してオープンストリートマップは登録・編集・引用・掲載など自由に利用することができ、OpenStreetMap Foundationにより世界中での活用が進められています。そしてパソコンやスマホなどから簡単にマップ登録ができるように専用の「アプリ」が用意されており、街歩きにはうってつけです。

■樹木の測定は・・・
3マッピングさて、マッピングパーティの開始です。気になっている雨はうまい具合に止んで青空がのぞき始めました。我がBグループには美しが丘公園から伸びている公園通りの右側(通称「桜並木」)が観察地域として割り当てられました。
満開の桜のハイライトエリアです。
マップへの登録はリーダーがもっぱら担当、記録班は木の高さや幹の太さ、管理番号などを書きとめながら証拠写真を撮っていきます。
樹木の位置はスマホのGPS機能で自動的に記録され、樹木の高さは、人が手を挙げた高さがほぼ2mでこれを目安に何倍かを目視で測ります。

マッピング4

幹の太さは持参のテープで測定します。
マッピング5

樹木の健康状態のチェックでは、木に苔が生えているとか、空洞化が進んでいるなどの状態を記録します。切り倒されてしまった木の切り株などもしっかり記録に残します。

■途中、美味しいパン屋さんにちょっと寄り道。マッピング6
公園通りの中ほどに天然酵母のパン屋さんを見つけ、ちょっと買い食い。美味しい!
Bグループは進捗具合が速い! 1時間もしない内に割り当てられた区画の測定は終わってしまいそうです。これで終わりかと思っているところで、実行委員パトロール隊に遭遇。
あまりの速さに、「・・・それならあと2区画を実施すべし!」というミッションを与えられました。世の中、甘くない! 新たに駅前通りを東急百貨店の前からイトーヨーカドーの先のブロックまで、気を取り直して再度挑戦。

■ミッション追加・・・東急百貨店の前からイトーヨーカドーまで
マッピング7おかげで、東急の2Fから伸びている歩道橋の上から素晴らしい桜景色が撮れました。桜の高さを測るために歩道橋に上ったのですが、新たな発見をしました。この通りは緩やかな下り坂になっているのですが、桜の高さが上に行くほど低くなっていて、見事に東急百貨店の建物の高さに揃っているのです。設計時点で計画的に配置されたのかな! さて、ヨーカドーの角を廻ると我々のミッションは完了。やっと終わった。
マッピング8
マッピング9

疲れた身体を引きずってスタート地点の美しが丘公園までたどり着き、ここで記念写真をパチリ!
これがBグループの雄姿です。
皆様お疲れ様でした。

■最後に登録と編集。 楽しかった! またやりましょう!
マッピング10まだまだ最後の工程が残っています。しばらく桜まつりを銘々で楽しんだ後、3時より美しが丘中部自治会館に再度集結。地図上の登録・編集作業です。アナログ班は記録してきたノートからオープンストリートマップに改めてパソコンを使って登録をします。デジタル班はすでに登録済みの樹木データを編集・微調整しながら整えていきます。CfJのメンバーはさすがに慣れています。1時間もしない内に作業終了です。
その後OSMの飯田さんからオープンストリートマップの紹介があり、完成済みのマップが披露されました。OSMから提供されているAPIを使うとマップ自体を自分達好みに編集できそうです。
完成マップ上に見えるグリーンの点(冒頭の写真)が今回のマッピングパーティで登録した観察樹木です。これからもアイディア次第でこのマップを使って楽しいイベントを仕込むことができるでしょう。
最後に住友林業の伊藤さんからグリーンエコロジーのレクチャーがあり、植生の知識の乏しい私には目から鱗のお話でした。
フィナーレは交流会です。これが目的で参加した人も多そう。お酒も入って和気あいあいと、新しい出会いがあり、また他の団体の活動を改めて知ることができ、本当に楽しいひとときでした。サポートしていただいた皆様、ありがとうございました。
最後に全員で集合写真。またやりましょう!8マッピング写真(大野さん)IMG_5885

OpenStreetMap Foundation Japan
http://osm.jp/

CODE for JAPAN
http://code4japan.org/

(写真/千葉恭弘・大野承   文/千葉恭弘)

3年後のあるべき姿を考えよう!
起業勉強会
「ソーシャルビジネス起業と
持続発展に求められる視点」
レポート

起業勉強会写真2

2014年3月31日たまプラーザ地域ケアプラザで、たまプラnetwork主催、起業勉強会「ソーシャルビジネス起業と持続発展に求められる視点」が開かれました。
講師はETIC.の佐々木健介さんです。出席者は19名。

■ETIC.とは

ETIC.佐々木 健介さん

ETIC.佐々木健介さん

ETIC.(特定非営利活動法人エティック)は、ソーシャルビジネスの起業支援を通して起業家型リーダーの育成と社会のイノベーションを目指すNPOです。
1993年早稲田大学で起業家を目指す学生が集まり、勉強会としてスタート、1997年事務局機能の拡大にともない、事務局の名称を「ETIC.(エティック)」に統一。学生団体からNPO事業体へ移行しました。
2000年3月経済企画庁(現内閣府)よりNPO法人(特定非営利活動法人)に認証。
2008年は企業連携を強化した年です。この年に起こったリーマンショックにより、なぜ働くか、が問われるようになりました。また、企業の社会的役割が問い直された年でもあります。
2011年は、3月11日に東北大震災が起きた年です。この年は震災復興リーダー支援プログラムを立ち上げ、仕事を辞めて復興の手伝いに若者たちが東北に向かいました。
ETIC.は組織に依存せず、自立したい、自分の想いと仕事の距離を近づけたい、社会も地域も家族も自分も生かしていく可能性を求める若者を応援してきました。
新たな時代の一つの生き方として社会起業家が注目された年でもありました。
スタッフは70名(うち専従36名)※2013年12月現在HPより
今回お話をしていただいた佐々木健介さんはインキュベーション事業部マネージャーをされています。

■企業は社会的役割を、NPOは価値創造を。
何をどうすれば満足できるのか?
1990年のバブル崩壊以降、経済成長が停滞したことから、若者たちに変化が現れました。今までのように企業に勤めて、与えられた仕事をするよりも、何か地域の役に立ちたい、人の役に立ちたいと考える若者が出てきました。それを受けて企業も、ただ商売をして儲ければいいという姿勢から、社会的役割を果たすことが求められるようになりました。NPOが注目を集め始めたのもちょうど同じ時期です。
ここでいくつかの問題が起きました。
例えば、地域活動はどうしたら事業化できるか?
地域に貢献することでメシが食えるかということです。
地域活動は、そもそも行政や企業が取り組まない、あるいは取り組めない分野です。というのも、注目度が低く、元々採算が取れない分野だからです。
NPOはそこで、ボランティアという枠組みを超えて、社会的企業(ソーシャルビジネス)と言う新しいジャンルを作り始めていきました。
そこでは、NPOが新たな価値を創造し、その担い手として発展していきました。
ETIC.ではそれらをふまえて、2001年にソーシャルビジネスを行う社会起業家(ソーシャル・アントレプレナー)支援をスタートさせました。

さて、地域活動は、息長く継続的に、多くの人を巻き込む動きにすることこそが重要です。
そこで、我々が考えなければならないのは、
なぜそのプロジェクト(地域課題の解決=地域活動)をするのか?
どこまでやりたいか? 何をどうすれば満足できるのか?
そこに自分はどこまで関与したいのか?
何ができそうか? 何は他の人に委ねなければならないか?
と、いうことだと佐々木さんは言われます。

■実現したいことは何か?
さらに、事業化するに際して、問い直すべきことがあります。
実現したいことは何か?
自分の最適な関わり方は何か? 仕事として? 地域活動として?
あるいは、そのプロジェクトの中で専門家役なのか、火付け役なのか、事務局役なのか。
また、事業化は本当に必要なのか? ボランタリーな動きでも継続可能なのか。
独立した組織が必要なのか? 既存の組織を活用できないのか。
続けることが本当に必要な活動なのか? きっかけづくりや起爆剤としての役割を果たせばよいのではないか。

みずからの問題意識を絶えず問い直し、どんなサービスを届けたいのか? 対象は誰なのか? 自分の強みは何なのか、足りない部分はどこで、どうやって補うのか? 他の人とどうやって組んでいくのか?
たくさんのことを検討することが求められます。

■3年後のあるべき姿を描くこと。
事例紹介。

NPO1佐々木さんは、これらの答えを出す一つの方法として「3年後のあるべき姿を考える」と言われました。
3年後に何をするか、どこまでやるか、どういう体制でやるか、3年後のあるべき姿を描くことによって、今自分がやるべきことが明確になります。

いくつかの事例が挙げられました。
最初の事例は、がん患者の相談に乗る専門家集団のネットワークを作った北海道の女医さんの話。(杉山絢子さん "がん"のよろず相談窓口 CAN net)
3年後の目標は、年間5000人の相談に乗れる状況を作りたい。年に5000人ということは、月に約400人。相談者が一人二人ではとても無理です。そこで、まず相談の内容を把握して専門家に振るための5人の事務局を雇うことを決めました。こうやって具体的な数字を決めることで、事業に必要な人員、予算、組織構成などが見えてきます。
次の事例は、日本酒で地域を元気にする活動「出張日本酒BAR」。(道前理緒さん)
常設の店舗を用意して経営していくのは大変ですが、一夜限りの店を地域で場所を借りて開くなら可能ではないかというアイデアです。
この出張BARは、大の日本酒党の道前さんがセレクトした極上の日本酒が飲めるということで、ネット上の呼びかけで来た人たちや一夜だけ開いているのでちょっと行ってみようかという近所の人たちが集まって盛り上がっているそうです。
また、介護者の支援事業の事例(誰もが自然に介護ができる社会を目指して「となりの介護」川内潤さん)や悩みを持つ人をサポートする(傾聴ボランティア)NPOが市の受託事業として年間900万円で始めた事業の事例(特定非営利活動法人アーモンド コミュニティ ネットワーク)なども紹介されました。

■着眼大局、着手小局
3年後、どうなりたいか、何をどうしたいか、漠然とではなく、具体的にそれを考えて、出していきます。次に出てきたあるべき姿を実現するにはどうしたらいいか、具体化していきます。考える段階で、忘れてはならないことは、必ず紙に書き出して、見える形にすることです。
この作業を何度も繰り返し行うことで、徐々に考えとあるべき姿がまとまっていきます。
ここで重要なのは、「着眼大局、着手小局」。まず、眼をつける時は全体を大きく見て想を練り、そして、実践は小さなことを積み重ねていきます。
具体化する段階では、対象の絞り込みを行います。対象をどうするか、初めは対象を絞り込み、徐々に対象を広げていった方が成功する確率は高くなります。

■「ポジティブな解体」もアリ。
また、この段階では、各メンバーが目指すものがはっきりしてきます。自分の目指すものと違うことをしても徒労に終わることが多く、途中でやめることになりがちです。
この段階では、目指すものが違えば、組織とメンバーがポジティブに解体したり、別のメンバーが加わったりすることも大切なことです。

■ボランタリーな活動で行われる「まちづくり」は、より多くの人を巻き込んでいけるのか・・・
勉強会参加者は、次世代郊外まちづくり住民創発プロジェクトの関係者が大半でしたが、今後それぞれのプロジェクトを継続していく活動資金をどうするのか、また活動にかかわる人はずっとボランティアの奉仕でいいのか、実は大きな問題をどのプロジェクトも抱えているようにみえます。
とりわけすべてがボランタリーな活動で行われる「まちづくり」は、本当の意味で社会的な認知が得られるのか、より多くの人を巻き込んでいけるのか・・・こんな想いから、この勉強会は企画されました。
プロジェクトにかかわる一員として、改めて佐々木さんの問いかけの一つ一つを検証していきたいと思いました。

ETIC. (Entrepreneurial Training for Innovative Communities.)
https://www.etic.or.jp/

CAN net
http://can-net.jp/

となりの介護
http://blog.livedoor.jp/kawajun1980/

特定非営利活動法人アーモンド コミュニティ ネットワーク
http://almondcommunitynetwork.com/

(写真/辺見真智子 文/立山徹)

<特別寄稿>
美しが丘中学校 今年度の卒業生
林 銀次郎さん
中学生が考える未来のたまプラ
「美中プラン発表会」レポート

DSC01123-2

「たまプラーザって実は凄いことをしているんだな」

3月7日金曜日、たまプラーザテラス プラーザホールで、僕ら美しが丘中学校の3年生による「次世代郊外まちづくり シビックプライド 美中プラン」のプレゼンテーションが行われました。
この日が来るまで、社会科公民の授業で、未来のたまプラーザをどのような「まち」にしたいか、ということをグループごとに話し合い、それぞれ発表の準備をしてきました。

当日、僕が一番驚いた事は、会場の雰囲気です。
僕や他の生徒達の想像では、会議室のような部屋の中に中学校の先生と保護者、東急電鉄さんの関係者くらいしかいないと思っていました。
しかし実際は、大きなホールの中に一般の方々や大学の先生、石塚計画デザイン事務所の方々、それにカメラマンやメディアの方々までいたのです。びっくりしましたよ。

「たかが公立の小さな中学校がやる事なのに、こんなに本格的なことしてくれるの!?」
その時は、思わずそう感じました。きっと他の皆もそうだったでしょう。

僕らが暮らすこのまちでは、それほどの取り組みをしているんだな、そのことを今まで気がつかなかっただけで、たまプラーザって実は凄いことをしているんだな、とそんな気持ちになりました。
DSC01127-2

僕のグループでは「自然を生かす」というテーマで、人と自然との関わりを大事にしたい、ということについて考えてきたことを発表しました。模造紙には伝わりやすいように木のイラストを描いて工夫をしました。発表も上出来だったと思います。

他のグループの発表についても色々と感じたことはあります。
「自然を生かす」や「落ち葉拾い」、「電柱を地下に埋める」、「グルメ活性化」、「ゴミ箱設置」などなど、グループそれぞれのテーマがたくさん出ていたし、同じようなテーマでも、模造紙の書き方や発表内容は様々だったので、どのグループの発表も興味深く聞くことが出来ました。

ですがやっぱり発表の内容よりも、会場に入っただけで感じたあの雰囲気の方が印象に残っています。笑

たまプラーザの未来を担うのは僕ら若者だと思います。今回のプレゼンテーションはとても良い刺激になり、また勉強になりました。ここで学んだことをたまプラーザのまちづくりに役立てていきたいと思いました。

そして、僕たち美中生にこんな素晴らしい場を用意してもらったことに感謝しています。
(文/林 銀次郎)

林 銀次郎 (はやし ぎんじろう) さん プロフィール
1999年生まれ 将来は海外に関わりのある仕事を希望。
好きな食べ物はフレンチトースト(!)

(写真/大野承・辺見真智子)

DSC01121-2
▲ポスターセッション
会場に立てかけられたポスターに中学生,保護者,一般来場者などが「いいね!シール」を貼り,素晴らしい提案に投票しました。
DSC01125-3
▲各クラスで最も「いいね!シール」数が多かった3つのプラン。(左から1組,2組,3組)

IMG_4710

プレゼン修了後は「いいね!シール」の多かった3提案の代表者が紹介され,東京理科大学の伊藤香織先生が講評。先生や来場者からはお褒めの言葉とともに厳しい質問も出ましたが,3人の中学生たちは見事に答え,会場からは感嘆の声が。

▼グループごとに一生懸命考えた提案と工夫を凝らしたポスターの一部。
石塚計画デザイン事務所・千葉晋也さんの美中出張授業「プレゼンテーション/伝える力を学ぼう」(1月30日)がしっかりいかされています。
DSC01136-2
DSC01130-2
DSC01138-2

まちづくりの拠点をたまプラに
第1回場づくりワークショップ開催

DSC01066
2月2日(日)たまプラーザ地域ケアプラザで、第1回場づくりワークショップが、東京大学大学院小泉秀樹先生、建築家の末光弘和さんを迎え、約30名が参加して行われました。(次世代郊外まちづくり住民創発プロジェクト「交流の森」「たまプラフレンズ」共催)

当日のプログラムは、
1.開会挨拶
2.ロードマップの確認
3.末光さんからの情報提供
4.3人ワークショップ「現状と課題」
5.3人ワークショップ「どんなことしたい」「どんな機能がほしい」
6.末光さんコメント
7.小泉先生講評
8.閉会挨拶

進行は藤本が担当。
進行は藤本が担当。

まず、ロードマップの確認   3回のワークショップと横浜市、東急電鉄との協議を重ねながら、9月の住民創発プロジェクト報告会を目標に、コンセプト、デザイン、設備機能、事業計画、運営計画をまとめていこうというものです。

s2-rordmap

次に、末光さんからの情報提供

DSC01060
これまで検討してきた「交流の場」のプランについて説明がありました。
A.たまプラーザ駅前、美しが丘中部自治会館前交差点、美しが丘公園の「3拠点分散案」
B.美しが丘公園を拠点とした「交流の塔と可動ユニット案」
C.美しが丘中部自治会館前の交差点を活用した「4つ角案」
D.美しが丘公園に複数配置する「成長ユニット案」

そして、ワークショップです。

場のWSDSC01087

石塚先生にファシリテーション勉強会(*)で教えていただいた、「3人ワークショップ」のスタイルと「くくりシート」を早速応用します。(*「ファシリテーション勉強会=1月19日開催、講師は石塚計画デザイン事務所の石塚雅明先生。たまプラフレンズ主催)
みなさん、手慣れたものです。ポストイットに書いて、くくりシートに貼っていきます。
勉強会に出席した方は、習熟度も進んでいます。
参加者のみなさんが、コレと思うものに、カラーシールを貼って、ワークショップは終了。

DSC01084
DSC01116

それを後日まとめたもの

s2-genjyo
s2-want
s2-kino

最後に、末光さんのコメントと小泉先生の講評をいただきました。
4月中には、第2回場づくりワークショップを開催する予定ですので、よろしくお願いします。

(写真/立山徹   文/藤本孝)

 

まちづくりWho’s who vol.4
林 月子さん
(フラッシュモブ実行委員長)
今だから話します,
フラッシュモブのあれこれ。

DSC00888

2013年11月4日午後2時,たまプラーザ駅北口のたまプラーザテラス・ステーションコートで,次世代郊外まちづくり住民創発認定プロジェクト,フラッシュモブ「たまプラー座だよ!全員集合!」が行われた。スタッフ・キャストのほとんどが,たまプラーザの住民。大人と子ども,およそ150人が参加した。
http://www.youtube.com/watch?v=jri0FgYPNzU

林月子さんロングインタビューもくじ
■私の原体験 みんなでやると楽しい!
■ワクワクが次の元気に繋がっていく・・・
■フラッシュモブ×ダブルダッチ  きっかけは・・・
■カプリオールは,このまちのヒーロー
■テーマを決めることは,とても大事なこと
■1,349人分のアンケートを回収・・・でも,ちょっとしんどくなった
■「モブっていいとも」
■「林さんに何かあった時は・・・」
■「雨が降ったらどうしますか?」
■「やべえぞ,これ。むちゃくちゃいいぞ」
■本番終了後のアンケート「たまプラーザがうらやましいです」
■もう一人の自分
■大きな恐怖,不安とプレッシャー
■動画の編集 一番いいシーンで全員が写るように
■この際,聞いておこう Q&A 

■私の原体験 みんなでやると楽しい!

私はお祭りが好きだから,こういうフラッシュモブみたいなことをやりたいなって思った・・・。でも,そういう発想をする原体験が実はあった,ということを思い出したんです。
私は岐阜県出身で,母の実家が岐阜県郡上郡八幡町というところなんですけど,ここは有名な郡上踊りのまちで,ほんとに小さい時から,その徹夜踊りに親戚でわーっと乗り込んでいくというのが,毎年の楽しみのひとつでもあったんです。
私は一人っ子なんですが,母が8人兄弟姉妹で,お盆とかお正月になると親戚中が集まる。すると何十人ってなって,みんなで雑魚寝をして泊まる。
そして,そこで演芸大会をやるんですね。それぞれの家族や子供たちが・・・みんな,なんかやるの,芸を(笑)
漫才やる人もいるし,うちの父なんかは手品を,私はいとこたちといつもだいたい人形劇をやっていました。
お正月までにストーリーを考えて,その登場人物の人形をデザインして,母から端切れや毛糸をもらって人形劇のお人形を作る。幼稚園ぐらいからそういうことをやっていて,ちょっと年上のいとこのお姉ちゃんがやっているのを見て,じゃあ次の時には私もああいうのをやろうって企画を練るわけですよ。
おじいちゃんは,扇子を持って講談をやったりとか,ピンクレディが流行っている時にはピンクレディの歌を踊るいとこがいたり・・・。
それがすごく楽しかったんですね。
それに夏は,お化け屋敷ごっこをやるんです。親戚のおばちゃんがゲゲゲの鬼太郎になったり,みんな本格的にメイクしてお岩さんやのっぺらぼうになって。
うちの父は毎回ドラキュラでした。それでいい演し物をした人には,おじちゃんなんかがお菓子をくれるわけ。「好きなの選べ」みたいな感じで。
そういうのがあったので,今のこういう私になったのかなって。
一人っ子だったけど,大家族の雰囲気を味わえる大事な時間だったんですね。みんなでなんかやると楽しいなあーっていうのは,今のフラッシュモブにつながっている気がするんです。
トップに戻る

DSC00891

■ワクワクが次の元気に繋がっていく・・・

おばあちゃんのうちっていうのは,ほんと昔の家で,当時水道とかなくて,樋みたいなもので山から水を水槽まで引いて,一つ目の水槽ではスイカを冷やしたり野菜や食器を洗い,それより一段低くなっている水槽で泥野菜を洗い,最後は鯉がいる大きい池にその水が流れて行って,鯉が食器についていた残飯を食べる。その流しは家の外にあって,中に入ると土間で大きなかまどがある。
何十羽って鶏がいて,近所の人が卵を買いに来る。で,親戚が集まるとおじちゃんがバーンと鶏の首をはねて鳥鍋にしたり・・・。
まわりはほんと山と田んぼばっかりで,おばあちゃんに大きなビニール袋渡されて,これ持って田んぼ走って来いって言われる。いとこたちと走ると田んぼに隠れていたイナゴがバァーっと飛び出して袋に入って,それがいっぱいになると,おばあちゃんがかまどで佃煮にしてくれて食べる。
それから鮎釣り。長良川の上流のほうなので,鮎解禁になるとおじちゃんたちが「おーい,川行くぞ」って言うと私たちは水着着たままジープの後ろに乗って,ほんとに道のない崖を降りて行く。そこでおじちゃんたちが鮎を釣っているあいだ,私たちは川で遊んでいて。しばらくすると釣ったばかりの鮎におじちゃんが串をガァーって刺して焼いてくれて「焼けたぞー」って呼ばれる(笑)
ほんとに野生の子ども時代。私が住んでいたのは市内なんですが,おばあちゃんのところに行くと自然がいっぱいあって・・・。
山の奥のほうにお墓があったので,お墓参りは山をずーっと登って行くんですね。時にはイノシシとかクマの死骸にも遭遇。ハエがワァーってたかっている。クマの死骸とかすごく怖いです。そこでアアァーってちょっと興奮するんです。
「ねえねえ,クマ死んでたよぉー」って(笑)
春には山菜採りに行ったりもしました・・・。そういう体験が今のイベント好きな自分を作った気がする。日常とはちょっと違うインパクトのある出来事にワクワクしたり,興奮することが次の元気に繋がっていくってことを,小さい時からなんか体感していたんだろうなって思います。
トップに戻る

DSC00915

■フラッシュモブ×ダブルダッチ  きっかけは・・・

一昨年(2012年)の夏以降,次世代郊外まちづくりのワークショップに参加させていただくなかで,改めて自分とまちのかかわりについて考えるようになってきたんですね。私は3人の子どもをこのまち,また,このまちの人たちに育ててもらった。そのご恩返しに少しでも繋がるのならばという気持ちでPTAの会長などもお引き受けしてきました。
それまでは,誰かがこのまちをいいまちにしてくれないかなって思っていたんですね。子どもたちを育てるのに,安全で安心なまちに誰かがしてくれないかなーって思っていたんだけれども,自分がPTAや自治会のことをやらせていただくうちに,あ,誰かにお願いすることではなく,自分たちがやらないといけないことなんだなって思い始めるようになった。でも,実際にどう行動に移していいかわからなかった。
そんな中で次世代郊外まちづくりのワークショップに参加してみて,ほんとに具体的に自分が考えていることが,どんどん引き出されていった。あ,私はこういうふうに思っていたんだ,こういうまちになったらいいなって思っていたんだってことが自分の中で再確認する作業をさせていただいた。
というのと同時に,フラッシュモブというのが世の中で流行っていて,TVやYouTubeで見て,フラッシュモブという名前も知らなかったんだけど,面白いなって思っていた時に,ちょうど「たまプラ大学」で松田さん(株式会社ワコールのアートプランナー)のお話を聞いて,あ,たまプラでもできるかも,と思った。
それと,私はダブルダッチ(2本の縄を使って跳ぶ縄跳び競技)にかかわっているのですが,私が調べた限りではダブルダッチでフラッシュモブをやっているものはなかった。ということは,ダブルダッチでフラッシュモブをやれば,多分それは世界初になるし,私が声をかければ,すごくたくさんのダブルダッチ界の人たちが協力してくれると信じていたからダブルダッチでフラッシュモブをやりたいと思った。
たまプラーザで,フラッシュモブをダブルダッチでやる。それをやることによって,たまプラーザのまちもダブルダッチも注目を浴びる。いいことばっかりじゃん,って思ったのが最初です。
この話を初めに相談したのが,カプリオール(ダブルダッチパフォーマーのプロチーム。世界大会2連覇)が所属しているプロダクションの社長で,それが4月の4日か5日。
それから簡単な企画書をつくって,石塚計画デザイン事務所(次世代郊外まちづくり住民創発プロジェクトのコンサル担当)の東京事務所トップの千葉さんに相談に行きました。それが5月の初めです。そしたら,面白いねって話になり,せっかくだから住民創発プロジェクトとしてやったら,いいんじゃないかって。
まだ,横浜市・東急電鉄の「基本構想」(*1)も何も出ていない頃です。でも,この企画だとダブルダッチの宣伝にしかならないから,シビックプライド(*2)的な要素を入れたほうがいいと。  
それから,私はシビックプライドについて,ちょっと調べて,どういう要素が必要なのかとか考えて,その後の5月の個別相談会ではストーリー性が必要だ,シナリオを書いてみたらと・・・いろんなアドバイスをいただきました。

(*1)横浜市・東急電鉄による「次世代郊外まちづくり基本構想2013/東急田園都市線沿線モデル地区におけるまちづくりビジョン」 
(*2)シビックプライド まちに対して持つ誇りや愛着
トップに戻る

DSC00899

■カプリオールは,このまちのヒーロー

それから,ダブルダッチをやるのだったら,もちろんたまプラから育ったチームのカプリオールに出てほしかった。カプリオールが出ないと意味がないと思ったから,まずカプリオールの10月,11月の数日のスケジュールをおさえておきました。ダブルダッチが上手なチームや,スケジュールが空いているチームは他にもいたと思うけど。カプリオールは,このまちのヒーローだし,この街のシンボルだと私は思ったから。
カプリオールは,まだ体育系大学の予備校生だった頃から毎年,たまプラの夏祭りでパフォーマンスをしてみんなに拍手をもらって応援してもらってきたチームです。
私の子どもたちがこのまちに育てられたように,カプリオールも,やっぱりこのまちに育てられて世界のトップパフォーマーになった。カプリオールはこのまちの誇りだから,カプリオールと一緒にフラッシュモブを行うことにこだわったんです。
私が初めてダブルダッチに出会ったのは,14年ほど前,子どもたちを連れてたまプラーザ夏祭りに行った時。ダブルダッチを見て「何あれ???」って思ったその感動が美しが丘ダブルダッチクラブの設立につながっています。
だから,最初に私が考えたストーリーは,そういう私の実体験をフラッシュモブのなかで描きたいなっていうのがあったんですね。フラッシュモブを観た人が,「何これ???」って私のように感動したら,また何か新しいことがこのまちのなかで生まれるんじゃないかって。
フラッシュモブのエンディングシーンは,私と娘に見立てた親子連れがカプリオールに駆け寄って「おにいちゃん,今のは何?」って聞いてカプリが「今のはね・・・」って答えてる。それをバーッとカメラを引いて撮る。そういうのにしたかった。実際は全然違うものになっちゃたけど・・・。
トップに戻る

DSC00901

■テーマを決めることは,とても大事なこと

モブのテーマは「そだちあい」にしたんですが,そのテーマを決めるまでに実はとても時間をかけました。
最初私はテーマってそんなに大事なことなのかなーって思っていて,フラッシュモブを駅前で,こういうパフォーマンスにしたいっていうのはもうイメージとしてあったので,それができれば,テーマなんて別にいいのに,と思っていたんだけど,石塚計画デザイン事務所の方たちと相談するたびに「テーマをまず決めましょう」と言われたんですね。「テーマはとても大事です」って言われて。
それはなぜかっていうと,これからこの企画をプロジェクトとして進めていくなかで,いろんな意見が出てきた時に,そっちに流されてしまうことがあるかもしれない。ほんとに私がやりたいと思っていたことからブレていく可能性がある。その時にテーマさえきちんとしていれば,またそこに立ち戻って,最初の私のイメージどおりのことをちゃんと実行することができる。方向性がブレた時に,また基軸に戻すことができる。
だからテーマがものすごく大事だと。そうしたアドバイスをいただき,今回のフラッシュモブを通して何を得たいのか,何のためにやるのか,実行委員会のなかで何度も話し合って,私はどうしてこういうことをやりたいと思ったかをみんなで共有して,そうして「そだちあい」というテーマが生まれたんです。
みんなで一緒にやることのなかに「そだちあい」がある。
例えば私が誰かに何かを頼まれて,ちょっと大変だなって思っても,それをやってみることによって,前よりちょっと上手く出来るようになっていたりする。反対に私ができないことを誰かに助けてもらったりすると,その人もちょっと上達したりしている。何かを一緒にやることによって,それぞれが育ちあっていくのだなって思ったの。
私が誰かのために何かお手伝いをすると,「ありがとう」って言ってもらえる。そのことがとても嬉しくて,「ありがとう」って言ってくれて「ありがとう」って。「ありがとう」のシェア,そういう感じを大事にしたいなーと思うんです。
「このまちのそだちあいがたまプラーザから日本中に広がっていきますように」
ワークショップのなかで,どんなまちにしたいか,何回も問われる場面がありました。私はそのたびに,たまプラは「おしゃれなまち」とか「便利なまち」っていうイメージがあるけれども,そうではなくて「人が育つまち」とか「やさしい人が住んでいるまち」とか,そういうイメージのまちにしたいなって,ずっと思っていた。
フラッシュモブの当日までにはいろいろな大変なことがあったんだけど,テーマをちゃんと決めたことによって,そのテーマに助けられながら,導かれながら進めていくことができた。
テーマというものが本当に大事なものだということを知ることができたのは,私の財産ですね。そういうことを教えてもらえてほんとによかったなーって。
トップに戻る

DSC00907

■1,349人分のアンケートを回収・・・でも,ちょっとしんどくなった

石塚先生(石塚計画デザイン事務所代表取締役)からは,「まちの人たちがどういうことをしたいって思っているかがすごく大事だよ」「林さんがやりたいやりたいって言ってるだけじゃなくて,みんながどう思っているかということが大切だよ」と言われました。
そこでまちの人たちがたまプラーザでフラッシュモブをやることについてどう思っているかっていうアンケートを実施し,1,349人分を回収することができました。
そして,このアンケートの結果から,ほんとに多くの人がフラッシュモブをやりたいと願っていることがわかりました。
これだけの人数のアンケートをとるのって結構大変だったんだけど,私一人でやったんじゃなくて,私が誰かに頼むと「わかったー。配っておきますよ」って,それをもらった人がまた誰かに配る,というようにどんどん広がっていった。で,その時に「何? フラッシュモブって」って知らない人が多かった。それで,みんなが「フラッシュモブっていうのはね・・・」「シビックプライドっていうのはね・・・」って私に代わって説明してくれる。それを聞いた人がまた誰かに説明する。私はそのことがすごく嬉しかったんです。なんとなく,まちのみんながフラッシュモブという言葉でつながったみたいで。たくさんアンケートが集まったことも嬉しかったけど,このこと自体がシビックプライド的だって感じた。
だから,このアンケートをとっただけでいいや,もう十分っていう気持ちになっちゃった。アンケート集めで結構疲れちゃったし。そしたら,関さん(実行委員)が「ダメだよ。最後までやらないと」って。それにまちのみんなもフラッシュモブをやりたいって思い始めていた。「いつやるの?」「何やるの?」「やるならこういうことやりたい」っていう声が出てきた。もうフラッシュモブは私だけの夢ではなくて,みんなの夢になっちゃったんだなって感じた。私が言い出した以上,最後までやりとげないといけないなーって。
まちのみんなのフラッシュモブをやりたいという気持ちが背中を押してくれることになった。でも本当にできるかできないかもわからない,やりたい場所でできそうにもない,これだけみんながやりたいって言ってることをほんとに私がまとめきれるのかっていう怖さもあった。
そんな時に思ったのは,これって出産みたいなものだなって。妊娠しちゃった以上生むしかない。そして私は子ども3人生んでるから,多分大丈夫だろうって。きっとみんなが協力してくれる,これだけの人たちの思いがあるなら大丈夫,頑張ろうって思ったんです。
トップに戻る

DSC00917

■「モブっていいとも」

いろんなもので「モブ」(踊っている様子とか)を表現する「モブっていいとも」。上はフォカッチャで,下はハンバーグ。みんながいろいろな作品の写真を送ってきてくれた。これと応援メッセージのスライドショー。
みんなが願っているんだよーってことをアピールしたかったし,みんながやりたいと思っている気持ちをキープしよう,という気持ちもありました。
トップに戻る

DSC00938

■「林さんに何かあった時は・・・」

私ひとつだけ,これは私が絶対やらなきゃいけないな,と思ったことがあって・・・それは,謝ること。
私は実行委員のメンバーとかにいろんなことをふります。これやってあれやってって。でも,何かあったら私が責任をとる。私に出来るのは謝ることだけだと。
謝ることって大変だけど,私はそれを子どもたちから教えてもらったのね。子どもたちがいろんなことをしでかしてくる。そのたびに私は親として謝りに行く。子どもが生まれるまでは,人に迷惑をかけないようにって思って生きてきたから,そんなに人に深々と頭を下げたことはなかったです。
ある時なんて,うちの5階の窓から下に物を投げて,他人様の車の屋根を壊してしまったり・・・他にも本当にいろいろあった。これまでに経験したことのないことばかり。菓子折りを持って謝りにいくって大変なことだった。
夫とは「他人に頭を下げる経験をさせてくれるために,この子たちは生まれてきたのかもね」って話しました(笑) 人に迷惑をかけないで生きていこうってずっと思ってきたけど,人に迷惑をかけながらじゃないと生きていくことなんてできないんだなって。迷惑をかけないで生きていけるなんて思っていた私たちってなんて傲慢だったんだろうって。そのことを気づかせてくれたのが,子どもたちだったのね。
当日一番怖かったのは,けが人が出たらどうしようってこと。例えばバック転した時足が観ている一般の人にあたってけがをさせたり,もしかしたら裁判になることだってあるかもしれないし。当日打ち上げの場所に私はいなくて,どこかの病院で付き添っている,ということも想定していました。
もちろん保険は全員にかけました。ただ,私だけは契約者なので保険がかけられなくて,林さんに何かあった時は,何もおりませんって言われて(笑)
トップに戻る

DSC00914

■「雨が降ったらどうしますか?」

本番が近くなったある時,ヤビっち(カプリオールのメンバー)から「林さん,雨が降ったらどうしますか?」って聞かれました。
「僕は雨バージョンでやりたい。傘をさしながらみんなで踊るものを考えているので。それはすぐできるから,僕,当日の朝リハーサルで教えるので,どうですか?」って提案があって。
それは私の考えとは違っていて,私はやっぱりみんながこれまで練習してきたものを最後に一緒にやりたい。今までせっかく練習してきて,それを発表する場がなくて,じゃあその日にすぐできるカサを持ったのをやったとして,みんなが満足できるかな,と思ったんです。
そのことをヤビっちに言ったら,「わかりました。そうしましょう。でも,雨降ったらどうしますか?」って。
「じゃあ,雨降ったらフラッシュモブでもなんでもなくなるけど,学校の体育館で,すごい素敵な動画を撮影することにフォーカスして,やりましょう」と。
そして,11月4日。前日の夜中から雨が降り出して,当日の午前中にやんだ・・・。これぐらいだったら,できるんじゃないか・・・。それが一番いやなパターンだった。
午前中体育館でリハーサルをやっている時に,フラッシュモブ実行場所のステーションコートで待機していた東急電鉄の岡本Jさん(岡本さんがお二人いらっしゃるのでお名前からJさんと呼ばせてもらっていました)と電話でやりとりをしていて,もう1時間ごとに「林さん,今,雨降ってます」「今やみましたけど下が濡れてます,どうしましょう」
駅のステーションコートでやるか体育館でやるかの最終ジャッジは,12時にするって決めていたんですね。でも,12時にはジャッジできない状態だった。12時に現場を確認して私とカプリで決めるってことになっていて,リハーサルが終わって駆けつけました。
そしたら,雨はやんでいる。下もそこそこ乾き始めているけど滑る。「これできるんじゃない?」って言ったら,カプリの人たちは「僕たち怖くてこんな滑るところでできません」って。
「でも,一部のパフォーマンスだったらできます。ダンスも横ステップはできません。縦の動きのみだったら可能です。走るのもナシです」で,「できることだけで,今から1時間で僕がパフォーマンスの内容を変えます」ってヤビッちが言い切ったのね。
それでヤビっちは体育館にもどって,ニコニコしながらみんなにすごくわかりやすくダンスの変更点を説明した。
ところが,あとでヤビッちに聞いたら「どうしよう,どうしようって思ってましたよ~」と。そんな心の動揺を一切みんなに悟られることなく,説明したヤビっちを私はほんとにすばらしいと思う。尊敬します。
トップに戻る

■「やべえぞ,これ。むちゃくちゃいいぞ」

体育館ではそういうひとつの物語ができた。かたや実行場所のステーションコートでは,Jさんや市川さん(東急電鉄)が雨で濡れたタイルをモップで拭いてる。でも,モップがびしょびしょので拭いてるから,私がそんなので拭いたらダメダメって言って,ようやくテラスの担当の方から雑巾や新聞紙が届いて,それでバーッと拭いて。
ステーションコートには,フラッシュモブが行われることを知ってる人たち,ほかのまちのダブルダッチのチームの子どもたちや,美中の校長先生もみえていた。その人たちみんなに「ちょっと拭いて拭いてー」って言って(笑) 拭いてると,知ってる人が通りかかって「林さん何やってるの?」って。「あ,ちょっとね・・・,拭いてー」って頼んで。もうみんなで拭きまくって,地面はパーフェクトな状態になってきたんです。
その段階で実施する時間の変更もしました。1時半と2時半の2回やる予定だったけど,まず2時に1回やるってことにして。
そこにカプリオールが到着して,私が「完璧だよ。できるよ。みんなで拭いたんだよ」って。
カプリは「なんかすごく拭いたことによって,ただ乾くよりもものすごくキュッキュッってなって,最高のコンディションになった。やべえぞ,これ。むちゃくちゃいいぞ」って(笑)
最初から晴れていたら,あんなおまけのような感動の物語は生まれなかった。もちろんパフォーマンスも最高だったし,そこまでのいろんなことも素晴らしかったけど,あの瞬間にみんなの「ステーションコートでパフォーマンスをやりたい」という気持ちがこんなにもひとつになった。あの瞬間こそ一番の感動だなーって,思いました。でも,その場面を誰も撮ってなかった・・・。
まあでも,こんなふうにみんなの言葉で語り継いでいくことも,もうひとつの素敵なことかな,と思っています。
トップに戻る

DSC00932

■本番終了後のアンケート「たまプラーザがうらやましいです」

本番終了後のアンケートには,ほんとに嬉しい感想をいっぱい書いてくださった。ものすごくたくさん書いてくださった。
アンケートに答えるっていうアクションを起こしてくれたこともすごく嬉しかったですね。
ほかのまちの方からの「たまプラーザがうらやましいです」「私のまちでもこんなことがあったらいいのに」「たまプラーザに住みたいと思いました」などという感想や,キャストの方からの「顔見知りが増えて,今まで知らなかった人と仲良くなれた」「今度やる時は何かお手伝いしたいです」「たまプラーザの人みんなが家族に思えました」という感想はとても嬉しかったです。
トップに戻る

DSC00925

■もう一人の自分

自分にふりかかってくることって,全部自分に必要だから与えられているんだろうなって思うんですね。出会う人とか出来事とか。それは楽しいことも嬉しいことも嫌なことも辛いことも全部,私がこの先,生きていくために必要だから私の身に起こっているんだろうな,と思った時に,ああ有難いなっていうふうに思う。
大変なことを乗り越えた時には,それまでとは違う自分がいるはずだから。悔しい思いや悲しい思いを経験することができたことが,また新たな自分を作り出していると思うから,すごく全部が有難いなって思う。
嫌なことや大変なことがあると,ちょっとワクワクするのね。もちろん嫌だなーと思うけれども,「こういうことに対して私は嫌と感じる人なんだ」って,改めて自分を知ることができるし,乗り越えた先に今とは違うどういう自分が待っているんだろうって・・・ちょっとワクワクする。私は今この嫌な場面をどうやって乗り越えていくんだろう? って,もう一人の自分が自分を見ている感じ。
トップに戻る

DSC00934

■大きな恐怖,不安とプレッシャー

出産に例えて言うと,去年の11月4日っていうのが出産日だとしたら,そこに向けて頑張ってきて,フラッシュモブが成功したっていうのは無事に元気な赤ちゃんが誕生したっていうのと同じ。
生まれちゃったら,生みっぱなしではだめで,それを責任をもって素敵に育てていかなくてはいけないってことが,まあ薄々とは感じていたけれども,ほんとに終わった瞬間にそういうプレッシャーがブワァーっと襲いかかってきた。
その時にそういう不安を関さんとか石塚先生にお話ししたら,関さんは「一人で育てていくのは大変だけど,みんなで楽しく育てていけば大丈夫だよ」って言ってくれた。
石塚先生も「一人で考えちゃだめだよ」って。「みんなで考えていくんだよ」って。
自分の子育てと照らし合わせた時にほんとにそうだなって思いました。そう言えば,私もいろんな人にお世話になって子どもを育ててきた。それと一緒だ,と思って。一人でいい子に育てよう,立派に育てようと思っても,それは無理で,こんなにたくさんの150人の赤ちゃんが生まれたんだから,またそれをみんなで育てていこう。そこからが「そだちあい」。また「そだちあい」が始まるんだなって。これからが,ほんとにスタートだなって。
私はフラッシュモブが終わったら,脱力して,しばらく何も手がつかなくて,あー終わったーって,もぬけの殻みたいになっちゃって,もしかしたら,ちょっとしたウツ状態になるかもしれないなーって思っていたんですね。それまですごく大変な時期もあったから。本番当日までの1か月ぐらいはすごく忙しかったし。でも,実際は全然違って,終わって成功して感動もしましたけど,それ以上にものすごく大きな恐怖,不安とプレッシャーがあってウツになってるどころじゃなかったですね。この先はどうしたらいいだろうって・・・。
フラッシュモブが終わるとみんなから「次はいつやるの?」「何やるの?」「こういうことやりたい」っていう声がいっぱい出てきた。その声をやっぱりみんなでシェアしたいな,と思って,3月7日にワークショップをやります。([モブメイキング上映会&わ~く★ワークショップ]たまプラーザテラス・プラーザホール 午後6時~)
トップに戻る

■動画の編集 一番いいシーンで全員が写るように

動画編集は,ヤビッちがなるべく全員が映り込むように頑張ってくれました。ものすごい膨大な撮影データがもともとあるんですね。いろんな方向から9台のカメラで撮影していて,それを全部見て,一番いいシーンで全員が写るように,ものすごく時間のかかる作業だったらしいんだけど。
でも,どうしても数名,編集の段階で写らない子がいる。できあがった動画を見た時に,あ,私出てたのに写ってない,僕写ってないって淋しい思いをする子が絶対いると思うから,(YouTubeのほうには付けなかったですが,)DVDにはキャスト・スタッフ全員のお名前をエンドロールに載せました。
メイキングムービーのほうは,もっと大変で,体育館での練習とか,いろんなシーンを複数の人が撮っているので。そのデータのチェック作業だけで,ものすごい時間かかって。でも,メイキングはもうすっごくよくて,そこにこそ「そだちあい」がある。それはね,出演した人しか感動しないかもしれないけど。
トップに戻る

DSC00904

■この際,聞いておこう Q&A

(家族の食事づくりは手抜きしない?) 子どもが小さい時は安全なものを食べさせたいという思いから,なるべく手作りのもの,基本的には私が選んだ材料で私が作ったもの,を大事にしてきました。
で,今は息子二人,中3と高2は反抗期であまり口をきかない。会話が少なくなる。こちらが話しかけても「うー」とか「あー」しか言わない。むこうから「ねえ,ママ・・・」って言うことはない。
でも,私が作ったごはんを食べる。私が作ったお弁当を,ありがとうとか言いませんけど,黙って持っていって全部食べてお弁当箱を戻す。次の日また持っていくことで,心がつながっている気がして。だからお弁当は,自己満足なんですけど,「こんなもの食えるか」って言わずに持っていって食べて帰ってくるだけで,私はまだこの子たちに必要とされているんだなーって。それが信頼関係。もちろん心のどこかでは感謝してると思いますよ。

(美しいスタイルはどうやって維持していますか?) 太らないようにはしています(笑) やっぱり代謝が悪くなって,痩せにくくなってきました。もともとそんなに太るほうではないですけど。すごく食べ過ぎちゃったな,と思ったら翌日は1食抜くとかはします。あとストレッチとか。
(お酒は?) すごく飲みます(笑) 最近はワイン。
(カロリー的にお酒はどうなんですか?) お酒飲むと太りますね,やっぱり(笑) 

(美容のために何か努力してますか?) 私,髪の毛も自分で切って美容室行かないし,化粧品も全然気にしなくて,クレンジングも一番安いので,洗顔石鹸なんか使ったことなくて,子どもが手を洗うので洗ってるし,化粧水とか乳液,美溶液もつけなくて,ニベヤがあればニベヤだし,ワセリンがあればワセリン,馬油(ばーゆ)があれば馬油。アトリックスとかも。その時その時あるもので。化粧下地もそれで。あとは日焼け止め塗るぐらいで。
(ハンドクリーム顔に塗ってて大丈夫ですか?) 全然,大丈夫。

(毎日,日の出前から起きてて,早起きだけど,睡眠時間は?) 今は5時半に起きてますけど,子どもの時からすごい早起きだったんです。目が覚めちゃうの。親とかに起こされたことがない。「もう少し寝てなさい」って親に言われても,寝てられなくて,その時は集合住宅の社宅だったんだけど,朝早く起きてもやることないから一番上の階から下の階までの階段を勝手にほうきで掃いて水撒いたりしてたの。そしたら近所の人がみんな「いい子だね」「いい子だね」って言ってくれて。奉仕活動は小学生の時から自主的にやってる(笑) その代わり夜は早く寝ていました。今でも,何もなければ夜は9時とかには寝ます。
(毎晩2時か3時まで飲んでいるという噂ですが・・・) いやいや。そんなことは1年に1回か2回ですよ(笑) 全然全然! 違う違う! そんなことしてない(笑) でも,2時に寝ても朝は早く起きます。

林 月子(はやし つきこ)さん/乙女座
「たまプラー座だよ! 全員集合!」まちの人たちでつくるオリジナルパフォーマンス
フラッシュモブ実行委員会代表・美しが丘ダブルダッチクラブ主宰
たまプラーザ在住 2男1女の母 

(写真/立山徹 構成/辺見真智子)
トップに戻る              

横浜北部防災アイディアソン
若い世代も参加する
新しい防災訓練のかたち


image001

2月10日(月)、都筑区の東京都市大学横浜キャンパスで横浜オープンデータソリューション発展委員会と青葉区民会議の主催で防災をテーマにしたアイディアソンが行われました。次世代郊外まちづくり住民創発PJからは「交流の森」と「あおばフレンズ」が参加しました。

目次
1.イベント概要
2.アイディアソンの様子
3.主催者からのご案内
4.東京都市大学 上野教授の後日談

1.イベント概要(主催者より) 
これまで横浜オープンデータソリューション発展委員会は、防災に関して、旭区左近山団地周辺で、リスト株式会社、株式会社野毛印刷社、ジオリパブリックジャパン、東京都市大学メディア情報学部上野研究室などと協力しながら防災科学研究所で開発されたオープンソースのweb GISのeコミマップやガリバーマップを用いた防災街歩きを行い、地域における防災データの充実と横浜市のオープンデータである防災データを関連づける活動を行ってきました。

今回は、こうした活動をさらに展開するために以前から防災に関する研究会、街歩きを数多く実施されてきた青葉区民会議の皆さんと防災というテーマを中心としたアイディアソンを行うことになりました。

このアイディアソンでは、eコミマップの他、AR、その他、使えるものは何でも使うことを想定しています。対象領域は、青葉区、都筑区など横浜北部とします。また、アイディアソンは、防災を主なテーマとしますが、地域の魅力発信といったものもテーマにします。

タイムスケジュール
17:00-18:00 アプリ紹介、活動報告、使えるデータの紹介
18:00-19:30 アイディアソン
19:30-20:00 まとめ発表
20:15分頃よりシェアリーカフェ(NPO法人 I Loveつづきが運営するコミュニティカフェ)で交流会

 

2.アイディアソンの様子            image002

冒頭、東京都市大学の上野教授から今回の開催についての趣旨説明がありました。そのあと上野研究室の田村さん(3年生)から「eコミマップ」、「左近山イベント」、「防災家族」、「AR」の紹介がプロジェクターを使って行われました。

eコミマップ
http://ecom-plat.jp/index.php?gid=10457

旭区左近山防災街歩き
http://opendata.mods.jp/sakonyama/

防災家族
https://bousai-kazoku.jp/index.php

ARプロジェクト
http://ueno-lab.com/ar_project/ 

                                                  image003

そのなかで、参加者の関心が高かったのは『すごい避難訓練ゲーム //Race to Survive//』です。もともと「すごい避難訓練」と「防災ボードゲーム」という二つのアイデアを融合した企画で、現在“絶賛開発中!”とのこと。 完成されると各地で防災訓練に採用されるのではないでしょうか。
http://www.slideshare.net/inuro/run-tosurvive

 前半を終えたところで参加者の自己紹介があり、教授、学生、自治体職員、市民活動家、市議など多様な参加者がバランスよくグループに分かれて、防災をテーマにアイディアソンが開始されました。

私のグループでは、「従来の防災訓練は若い世代の参加が少なく、主催者動員型で形骸化しているのではないか」との意見から始まりました。

そして、災害図上訓練のように、シュミレーションゲームなどの手法を取り入れて、若い世代の参画や参加者自身が創意工夫して行動を考える訓練に変えれば、楽しく身に着く訓練になるのではないかという考えに集約されてきました。

具体的なアイディアとして、「心配な独居高齢者や要援護者の安否確認と防災拠点への搬送」や「真冬の避難所(体育館)生活体験」をゲームを取り入れた訓練で体験する。また、いっときの訓練で終わらせずにその体験を持続させるために、自分の分身(アバタ―)をスマートフォンアプリ上につくって、訓練以降もサバイバルさせ、リアルとネットの組み合わせで防災意識を高めるという、学生ならではの発想が盛り込まれました。負けじと市民活動家から、インセンティブに商店街クーポンを発行すれば地元商店振興にもなるというアイディアが加えられました。

image004

image005

グループごとの発表においても、“ゲーミフェケーション”というキーワードが繰り返し聞かれました。

上野教授から、「横浜市のリスト株式会社が行っているCSR活動『スポーツゴミ拾い』という“ゲーミフィケーション”された街の清掃活動が標準化され高い評価を得ているように、横浜北部からも防災をテーマにした様々な“ゲーミフィケーション”された防災訓練を試みて、それが標準化していければいい」とのご意見や、オープンデータの活用を推進している横浜市政策局の関口さんからは、今回のアイディアを「2/17締切の総務省主催のアプリコンテストへの投げかけ」「2/22の横浜オープンデータデイでの試み」「2/16青葉区民会議『減災講座』で区役所とアイディアを共有して今後の素地づくり」に活かしていきたいと心強いご発言もいただきました。

こうして盛会に終わったアイディアソンのあと、NPO法人 I Loveつづきが運営するコミュニティカフェ(Shairlycafe)に移動して交流会が開かれました。このコミュニティカフェが、また素晴らしい! ぜひ、たまプラーザにも欲しいと切に思うほどの・・・。

⇒2月28日に「交流の森」が見学をする予定なのでご紹介は別の機会に委ねましょう。

ご準備と采配をいただいたオーナーの岩室理事長に感謝申し上げます。
http://shairly.com/

 

3.主催者からご案内

1.「横浜オープンデータデイ」のイベント
2月22日に横浜大さん橋周辺で「横浜オープンデータデイ」が開催されます。

当日は、5つの分科会で、オープンデータを用いた市民参加の様々な企画があります。ぜひご参加ください。青葉・都筑での活動とも連携して、イベント後も横浜全体で盛り上げていければと思っています。
http://yokohamaopendata.jp/?p=187

2.「青葉区民会議 減災講座」
2月16日(日)1時半より青葉区役所4階 会議室

一部 青葉区医師会会長 山本さんより
・「青葉区の災害時応急医療」
・地域防災拠点と医療拠点(現災害時診療定点拠点)との連携など
二部 パネルディスカッション
「つなごう 地域力」
・地域で災害に取り組む人たちを交えて佐藤榮一さんの進行でさまざまな「これはっ!」という取り組みを聞き意見交換をします。
・桂小学校 救援隊-新しい支援の仕組み(山崎誠さん)
・ピッピ保育園  子育て施設と地域(鹿野奈津子さん)
・あざみ野第二小学校 医療拠点訓練も取り入れて!(西本和彦さん)
三部 減災ネットワークあおば を公開します。
・みなさんで創る防災に強いまち「あおば」のためにつながる!!をめざします。あなたの参加がつながりの一歩です。
このあと交流会です。
特別参加があります。
・横浜市政策局からオープンデータを防災へ。
・東京都市大学(上野先生)「防災アプリ eコミマップ」をどう使うか。
などなど、盛りだくさんの一日となります。
ぜひ、お友だち、防災拠点の仲間をお誘いのうえお出でください。

4.上野教授 後日談

昨日の「横浜北部防災アイディアソン」では、私なりに新たに見えてきたことが多かったです。みなさま、ありがとうございました。

世銀防災・減災ハッカソン名古屋会場の最優秀作品のrace to surviveと昨日の防災アイディアソンで、見えてきたというのは、以下のようなことです。
まず、改めて再確認されたことは、すでに青葉区では、青葉区民会議を中心に、避難所シミュレーション、図上避難訓練、医師、看護師を含めたレスキュー体制づくりといったリアルな状況を想定したシミュレーションがかなり行われているということです。

これにrace to surviveのようなある想定、設定、シナリオを入れたゲーム的要素を入れると、シミュレーション自体に、格段と膨らみが出てきて、面白くなるように思いました。

こうした防災シミュレーション・ゲームを考えるとき、スマートフォン・アプリは、アプリとして閉じたものではなくなります。従来ゲーム・アプリとは、どうしても、パソコン、あるいは、スマホの中で完結したものだったと思います。

しかし、防災シミュレーション・ゲームの構成要素は、まず第一に、リアルな街、地域であり、第二に、その街、地域の防災関連のデータです。さらに、そういうリアルなものをベースとしたシナリオであり、さらに、参加者のそこでのアクションです。

こうしたことを見るなら防災ゲームのアプリは、ゲームの一部を構成するにすぎず、すでにあるもののちょっとしたカスタマイズで十分だということにもなります。

例えば、防災科学研究所のEコミマップにその地域の災害関連のオープンデータをアップし、さらに、刻々と変わるシナリオを伝えるチャット・システムだけで、十分かも知れません。あるいは、以上をデータ、情報、シナリオをAR的に表示することも容易にできるでしょう。

近年は、アプリのデザインとは、アプリそれ自体で完結した世界のデザインではなく、新しい活動のデザイン、体験のデザインであるべきということが言われようになりました。そうであるとするなら、デザインすべきものは、アプリそれ自体ではなく、リアルな場所、データ、想定シナリオ、参加者の可能的活動を含んだ一種の拡張現実的な環境ということになると思います。

(写真/政野祐一)

トップに戻る

武蔵野プレイス
市民がつどい,
ゆるやかにつながる4つの機能


20140203_224504
1月24日(金),「武蔵野プレイス」を有志で見学しました。
武蔵野市立「ひと・まち・情報 創造館 武蔵野プレイス」は,中央線・武蔵境駅から歩いてすぐ。図書館機能に生涯学習支援+市民活動支援+青少年活動支援の機能をプラスした複合機能施設です。(地上4階地下3階)
しかも単なる複合施設ではない,4つの機能が互いに融合し合うような施設,本や活動を通して「人々の交流が自然に生み出される場」,「アクションの連鎖が起こる施設」をめざしています。
まず,惹きつけられるのが内部のデザイン。壁と天井が曲面でつながる,包み込まれるような空間。そして柔らかな照明。
さらに各階もゆるやかにらせん階段でつながります。
開かれたオープンな場と予約が必要な閉じられた場があり,閉じられた場も外から中の気配が感じられる造りになっていて,それぞれのフロアで個人や団体の活動が共有できるような雰囲気があります。
また,隣接の「境南ふれあい広場公園」(約2,000㎡)は,武蔵野プレイスとともに整備されたもの。広々とした芝生広場があり,館内と一体化した野外イベントもできます。
構想から10年を経て平成23年にオープン。総工費45億円超。
年間運営費は4億9千万円。
来館者数約150万人(24年度),1日平均約5000人。
開館時間は9:30~22:00。
http://www.musashino.or.jp/place.html

素晴らしい!

(写真/大野承・立山徹)

武蔵野プレイス正面写真
武蔵境駅から徒歩1分。武蔵プレイスの正面です。
これから見学。みんなわくわく。

武蔵野P13
入るとまずカフェ。17:00からはアルコールもOK。(~22:00)
カフェの脇には雑誌の書架があり,カフェの中でも自由に閲覧できます。
雑誌は,約640誌(24年度)と充実。

武蔵野P2
カフェの厨房と背中合わせの新着・返却本の棚。
1Fには,他に貸ギャラリーや対面朗読室(視覚障害者へのサービス)も。

武蔵野P11
2F こどもライブラリー
子どもたちが靴を脱いで自由に読書したり,お話を聞いたりできる
「おはなしのへや」もあります。

武蔵野P3
3Fは,市民活動団体のサービスステーション。
ここはオープンな相談・打合せコーナー。

武蔵野P5
3F 有料の会議室。外からでも中の様子がわかり,開放的な印象。

DSC01010
3F 登録市民活動団体のためのロッカーと郵便ポスト。
登録市民活動団体の活動がわかる団体別紹介ファイルの棚や
コピー機,印刷機,裁断機,紙折り機を備えた「プリント工房」もあります。

DSC01042
3F スタディコーナー。要予約。皆さんお勉強中。

DSC01015
4F ワーキングデスク。40席の書斎的スペース(有料)。皆さんお仕事中。
他に200人収容の集会スペース(有料)あり。

公園
4Fから見た隣接の境南ふれあい広場公園。
駅前商業地域にある公園は武蔵野市ではここだけ。

4階から地階へ。

メインライブラリ
B1F メインライブラリー。壁と天井がつながったシェル状の空間。

B2スタジオラウンジ
B2F ティーンズスタジオ。
青少年のためのフリースペース。予約不要。ただし20歳以上は利用できません。
フリースペースでも,皆さん見学者を無視してしっかりお勉強中。

武蔵野P15
B2F ダンス,演劇,コーラス用のスタジオ。
他に楽器演奏用スタジオ,調理・美術・工芸用のものづくり用スタジオもあります。
スタジオは有料。青少年の使用料は2時間半で200円!
時間帯によっては大人も使用可。大人は2000円。

ティーンズライブラリ
B2F 芸術系および青少年向け図書のコーナー。ここにはおじさんも入れます。
トップに戻る